黒潮は日本の南岸を東向きに流れ、千葉県犬吠埼で岸を離れてからは、黒潮続流と呼ばれます(図1a)。黒潮や黒潮続流よりもさらに南側の海域では冬に、黒潮が南から運んできた暖かい水が北西の季節風で冷やされ、深さ数百メートルに達する深い鉛直対流が起きます。その結果、冬の終わり(3月ごろ)には「亜熱帯モード水」と呼ばれる水温約17℃、数百メートルの厚さをもった巨大な水の塊ができます(図1b)。亜熱帯モード水は春以降、海洋の内部に沈み込み、南西方向へと広がっていきます(図1a)。

図1 (a)亜熱帯モード水の循環の模式図.黒潮ならびに黒潮続流の南の青い海域で形成され、その後、水色の海域へと広がる.(b)四国の南で8月にアルゴフロートにより観測された水温の鉛直プロファイル.ほとんど同じ場所でとられているが、赤いプロファイルは厚い亜熱帯モード水を含んでいるのに対し、青いプロファイルは亜熱帯モード水をほとんど含んでいない.

 

 近年、人工衛星による海面高度観測網(注1)や観測ロボットによる海洋内部の水温・塩分観測網(注2)ができたことにより、黒潮続流や亜熱帯モード水が10年くらいの周期で変動している様子が明らかになりました。この変動を作り出しているのは、日本のずっと東、ハワイの北の海域における偏西風の変動です。偏西風が強まると(図2a。例えば、1992~1998年)、その下の海面が低くなり、その低い状態が「ロスビー波」と呼ばれる大きな波として、西向きにゆっくりと伝わります。そして、約3年後に日本付近に到達すると、黒潮続流は流路の変化が大きい不安定状態となり(図2b。例えば、1995~2001年)、黒潮続流の南では亜熱帯モード水ができにくくなって縮小します(図2c)。逆に、ハワイの北で偏西風が弱まると(図2a。例えば、1999~2002年)、約3年遅れて黒潮続流は流路の変化の小さい安定状態となり(図2b。例えば、2002~2005年)、その南では亜熱帯モード水ができやすくなって増大します(図2c)。

図2 (a) 太平洋十年規模振動指数 (b)黒潮続流の安定度 (c)赤:気象庁東経137度線における亜熱帯モード水の断面積.青:アルゴフロートデータによる亜熱帯モード水の体積 (d) 気象庁東経137度線の亜熱帯モード水のもつAOU(見かけの酸素消費量。赤)とリン酸塩(青) (d) 気象庁東経137度線の亜熱帯モード水のもつpH.

 

 このような亜熱帯モード水の変動は、海の中の構造をどのように変えるでしょうか。紀伊半島南の東経137度測線(図1a)で50年以上続く気象庁の船舶観測データを見ると、亜熱帯モード水の断面積(図2c)だけでなく、「見かけの酸素消費量」(注3)や栄養塩(注4)といった化学量も変動している様子が分かります(図2d)。これは、亜熱帯モード水の沈み込みが増える時期には、フレッシュな水(=海面を離れてから時間の経っていない水で、酸素が多く、栄養塩が少ない)の割合が増えるためです。また近年、海洋酸性化により海水のpHは長期低下傾向にありますが、pHにも亜熱帯モード水の影響が見られます(図2e)。フレッシュな水は二酸化炭素を多く含んでおらず、pHが高いため、亜熱帯モード水の沈み込みが増える時期には海洋酸性化に伴うpH低下が打ち消されるためです。逆に亜熱帯モード水の沈み込みが減る時期には、酸性化が加速します。

 このように、ハワイの北の風の変動は、数年遅れで黒潮続流と亜熱帯モード水を変化させ、日本の南、沖縄に至るまでの海洋酸性化速度をコントロールしています。次の研究ターゲットは、このような亜熱帯モード水に伴う海洋内部の変動が、海面付近にどのように影響するかということです。例えば、栄養塩の変動が海面付近に伝われば、そこでの植物プランクトンの光合成量を変化させるかもしれません。すなわち、「ハワイの北で偏西風強い→黒潮続流が不安定に→亜熱帯モード水の沈み込みが減少→海洋内部で栄養塩増加→それが海洋表面に伝わり光合成増大」という図式が成り立ち、「風が吹けば植物プランクトンが儲かる」となるかもしれません。このような亜熱帯モード水に関わる海洋物理・化学変動をより詳細に調べるために、新学術領域研究「変わりゆく気候系における中緯度大気海洋相互作用hotspot」というプロジェクトでは現在、水温・塩分センサーに加え、溶存酸素・pHセンサーを搭載したロボットを日本の南の海域に展開し、亜熱帯モード水の集中観測を行っています。

写真1 上記プロジェクトによる学術研究船「白鳳丸」の観測航海で亜熱帯モード水を手にしてにんまり笑う著者(Youtubeより).

 

参考:
hotspot2:https://www.jamstec.go.jp/apl/hotspot2/
昨年の報ステ:https://www.youtube.com/watch?v=r5Gg2dzCd3I
気象庁「北太平洋亜熱帯循環と代表的な海流および水塊」:
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/obs/knowledge/kuroshio_watermass.html
気象庁「東経137度定線の概要」:
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/mar_env/knowledge/OI/137E_summary.html
 
岡 英太郎