近年、サンマをはじめとして水産資源の不漁が盛んに報じられるようになってきました。その背景には地球温暖化に伴う水温上昇が大きく関与していると考えられています。例えば近年のサンマの不漁には、三陸沖に暖かい水塊が分布し、これが北の索餌海域から秋に産卵のため南下してくるサンマの回遊ルートを日本近海から遠ざけてしまったことが大きく影響しています。また、北方の水温の上昇に伴ってサンマの好む餌、とくに脂質を多く含む動物プランクトンの量が減ってしまっていることがサンマの成熟を遅らせ、資源量の減少に繋がっているのではないかという予想も発表されています。これらの研究結果は、サンマの成長や分布に、海水温と餌(動物プランクトン群集)の双方が重要な役割を果たしていることを裏付けており、それぞれの要因の時空間変動を高解像度で把握することが、サンマの資源変動や漁場形成海域の予測精度を高める上で鍵となることを示しています。近年の技術進展により、海水温は船舶だけでなく、人工衛星、係留観測ブイ、アルゴフロート*、水中グライダー*など様々な観測プラットフォームを経由して、高精度のデータが準リアルタイムで利用可能となってきました。一方、餌である動物プランクトンの観測はどうでしょうか? 実は、動物プランクトンの観測は、その定量採集方法が確立された19世紀後半から現在までほとんど変わることなく、プランクトンネットと呼ばれる測器を用いて実施されています(図1)。
現在使われているプランクトンネットの原型を考案したのは、水中を漂う生物をプランクトンと名付けたドイツのヴィクトル・ヘンゼン博士です。博士は、「海の生産物を持続的に利用するためには海、とりわけプランクトンとプランクトンの生産を支えている現象について調べなければならない」との考えに基づき、定量性能の高いプランクトンネットを考案しました。この観測は、ある測点における一定の水深帯(例えば水深200mから水面まで)に分布している動物プランクトンの平均的な生物量や群集組成を正確に調べ、それらを比較できるという点で画期的であり、ここから海洋のプランクトン分布の時空間変動やその原因についての理解は飛躍的に進みました。一方、研究が進むにつれプランクトンネットによる観測では十分調査できない点も浮き彫りになってきました。まず、一定距離を曳網して生物を採集するネット観測では、プランクトンの微細な鉛直分布を調べることが出来ません。また船舶から実施されるネット観測では測点間隔は短くても数十km程度になるのが一般的です。このため高解像度で取得できるようになった水温等の環境データに対して、餌生物であるプランクトンがどのように分布しているのかを知ることを正確に知ることができません。さらにプランクトンネット試料は伝統的に顕微鏡観察によって分析されており、水温などデジタルデータして測定され迅速に集約・処理できるパラメータと比べて結果が出るまで長い時間と労力がかかることも研究進展の妨げとなっています。これらの問題を解決する方策として、水中画像撮影による動物プランクトン観測手法が期待されています。これまでに様々なタイプの機器が開発されていますが(図2)、いずれも水中カメラによって現場の動物プランクトンのデジタル画像を撮影し(図3)、同時にその場の水温や塩分などの環境データも記録できる仕様となっており、動物プランクトンの微細分布と水温等の対応を詳細に解析することが可能です。
もちろん実用化するためには技術的に解決すべき課題も多く残されています。例えば現在取得できる画像データは解像度が必ずしも高くないという問題があり、多様な動物プランクトン種を正確に同定することが容易ではありません。このため、AIを用いた種同定アルゴリズムの開発が国際プロジェクトとして進められています。さらにより正確な種同定を目指すため、現在測定技術が急速に進歩している環境DNAの測定を組み合わせた観測システムを開発するという構想もあります。環境DNAから正確な種同定のデータを得る一方、画像データから動物プランクトンの成長ステージや脂質蓄積などの栄養状態、色彩や補食、共生関係などの行動に関わるパラメータなどを得ることで、従来のネット観測では決して知ることが出来なかった動物プランクトンの微細な分布や生態が明らかになることが期待されます。技術開発が進めば画像撮影機器と環境DNA分析装置をアルゴフロートや水中グライダーに搭載し、水温情報と同じ時空間スケールでの動物プランクトンの分布情報が世界中から準リアルタイムで入手できる時代になるかもしれません。もしこれが可能になれば水産資源の分布や変動がどのような環境要因によって生じているのかを理解し、将来どのように変動するのかを正確に予測することも夢ではなくなるでしょう。ヘンゼン博士の掲げた理想に近づくために研究者の努力が続いています。
高橋一生