震災対応ワーキンググループでは海域の調査・モニタリングの現状について下記の通り提言を取りまとめました。この提言において,当ワーキンググループは,政府の実施している海域モニタリングにおいて,適切な放射能分析手法の導入を提案しております。現在,各機関が実施し,文部科学省において取りまとめて公表される海域モニタリングにおいては5月以降の沖合海域のデータの大多数がN.D.(検出限界以下)とされています。しかしながら,検出限界以下とされるレベルでの数値の大小は,放射能汚染の拡がりに関して国内外に公開すべき重要な情報であると共に,海産食品への不安を取り除く上でも必要性が高い情報と考えられます。検出限界を下げることのできる高感度な分析手法は,事故前の海洋放射能研究において用いられてきており,事故後の国内・国外の研究機関による研究活動としての海域調査でも一部がこのような手法で実施されております。広範な海域について速やかな情報が公開されるべきであるという観点から,当ワーキンググループでは,政府の行うモニタリングにおいてもこうした手法を導入すべきであると考えております。

東日本大震災関連の日本海洋学会の活動につきましては、「東日本大震災関連特設サイト」をご覧ください。

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福島第一原子力発電所事故に関する海洋汚染調査について(提言)
WG提言(PDFファイル)

平成23年7月25日

日本海洋学会 震災対応ワーキンググループ

今般の福島第一原子力発電所の事故は,海洋へも深刻な影響を及ぼしている。このような事態に際して,海洋汚染の実態を調査し,結果を速やかに国内外に公開していく必要があることはいうまでもない。私たちは,こうした調査や情報公開は,政府以外の組織も含めた我が国の海洋関係者が負っている国際的責務であると認識している。

東京電力(株)は,3月21日に発電所放流口付近の海水の放射能測定を開始し,翌22日以降は発電所南16kmまでの複数の海岸で採取した海水の放射能測定を実施している。4月2日からは沖合15km,4月17日からは沖合3kmおよび沖合8kmの観測点を追加するなど,測定対象観測点を順次拡大させてきた。一方,文部科学省においても,3月23日に発電所沖合30kmのライン上での放射能モニタリングを開始し,同様に対象観測点を順次拡大してきた。これらの調査には海上保安庁,(独)海洋研究開発機構,(独)日本原子力研究開発機構も参画した。

5月6日には,文部科学省および水産庁から「海域モニタリングの広域化について」の発表があり,放射能の拡散に対応した観測の広域化の方針が示された。これまでの調査を担当してきた各機関の他に,水産庁,(独)水産総合研究センター,(財)海洋生物環境研究所,(財)日本分析センターなどが加わった体制となり今日に至っている。これらの調査に携わってこられた関係者のご尽力に心から敬意を表する。

日本海洋学会においても,震災対応ワーキンググループを4月に設置して検討を重ね,5月16日に観測サブワーキンググループによる「福島第一原子力発電所の事故に起因する海洋汚染モニタリングと観測に関する提言」をとりまとめて発表したところである。この中で,今後の望ましい調査項目,海域,調査頻度,調査体制について提言を行った(「福島第一原子力発電所の事故に起因する海洋汚染モニタリングと観測に関する提言」の記事はこちら)。

5月6日の文部科学省および水産庁の発表で示された調査海域の拡大方針は,上記の私たちの提言の考え方と概ね合致するもので,歓迎すべきものである。しかしながら,5月以降の沖合観測のデータとして公表された値の大多数は「N.D.」(Not Detectable: 不検出と説明されるが,正確には検出限界以下とすべきである)とされている。これは緊急時の簡易法による測定を行っているためであり,数Bq/L(1リットルあたり数ベクレル)レベルでも不検出とされる[例えば,文部科学省が発表している「宮城県・福島県・茨城県沖における海域モニタリング結果」(5月20日~)における検出限界値は,ヨウ素が約4Bq/L,セシウム134が約6Bq / L,セシウム137が約9Bq/Lとされている]。事故前に,文部科学省の「海洋環境放射能総合評価事業」において(財)海洋生物環境研究所が実施してきた調査の結果によれば,福島第一原子力発電所沖合海域の海産魚介類のセシウム137の濃縮係数は100倍を超えるものもあった。すなわち,仮に不検出として発表されている数Bq/Lのセシウム137が含まれる海水であっても,特定の種類の魚介類が十分長い時間生息すれば,生体組織に数百Bq/kg(1キログラムあたり数百ベクレル)のセシウム137を含む可能性がある。このような仮定は,現段階においては必ずしも非現実的とはいえない。魚介類の放射性セシウム(セシウム137およびセシウム134)についての暫定規制値が500Bq/kgであることを考慮すれば,数Bq/Lレベルの放射能で汚染された海水の拡がり方に関する情報は極めて重要なものといえる。

今回の事故以前に実施されてきた海洋中の放射性セシウムに関する大多数の研究では,簡易法ではなく,高感度分析法による測定が用いられてきた。高感度分析法ではγ線スペクトロメトリーを用いて,バックグラウンドの影響に十分配慮した上で長時間の計数を実施することや,大量の海水から微量のセシウムを濃縮することにより,海水中の放射性セシウムを,mBq/L[リットルあたりミリベクレル(1000分の1Bq)]以下のレベルで測定することができる。

事故後の時間経過につれて,発電所周辺海域の海水中の放射能レベルは低下しつつあるが,数Bq/Lレベルの汚染海水は広い範囲に拡がりつつ移動している可能性もある。先に述べたように海洋の放射能汚染の実態を明らかにすることは我が国の責務であるとともに,食品としての魚介類の安全性の評価にも大きく影響する。既に複数の外国調査船が我が国周辺海域で放射能調査を実施しているが,これらの調査においても,少なくとも一部の放射能分析は高感度法によって実施されている。これら諸外国の調査データはいずれ発表されることになろう。我が国の研究機関においても,自主的な研究の一環として,一部の航海では高感度分析法による測定を行いつつあるが,広範囲の海域を網羅的に調査する体制はとられていない。

日本海洋学会は,海水の高感度放射能分析法に関わる研究者間の科学的かつ技術的情報の交換に協力し、適切な分析手法を導入できるよう支援している。政府が実施するモニタリングにおいても高感度放射能分析法を導入するよう,ここに提言するものである。日本海洋学会はそのために協力を行う用意がある。

WG提言(PDFファイル)