2011年3月末に福島第一原発から放出された放射能汚染水が、最初の2、3ヶ月の期間でどのように日本近海で拡がったかに注目し、モデルの相互比較を行った。この比較によって、より信頼に足るモデル・シミュレーションが示せれば、1年以上経過した段階で海底土に依然として蓄積する放射性元素の分布を説明する一助とできるし、また観測値と付き合わせることによって、放出量を推定する作業にも必須の要素となる。

沿岸近くのモデルと黒潮・親潮モデルを組み合わせること、沿岸流が低塩分水および風応力に依存すること、黒潮・親潮の流速場にはデータ情報を入れつつ再構築することなど、基本方針は妥当である。

しかしながら、下に示すように放射性元素の水平分布はモデル間で違いもある。その一因は、茨城沿岸から東経143度に至る領域で、黒潮の北方向への蛇行(高気圧性渦を含む)と低気圧性渦の挙動が、モデル間で違いの大きいことである。中規模現象が沿岸流に及ぼす影響に注意を払う必要があり、大きなモデル(JCOPE2など)へのデータ同化結果、さらに小さなモデル(JCOPET、ROMS、FVCOM、原研モデル、MSSG)にその結果を反映する方法を吟味し、ほとんどデータに依存する再解析場(気象庁、水路部など)と比較して、最も妥当な結果を得る努力を継続しているところである。

以下に2012年2月までの到達点を示し、今後の展開につなげることとする。

1.流速モデル設定について

沿岸近くのモデルと黒潮・親潮モデルを組み合わせる必要がある。沿岸を南向きに流れる海流は、低塩分水によって作られており、河川水流入あるいは初期条件・復元力としてモデルに与える。岸に沿う風によって、北向き・南向きの沿岸流ができる。再解析気象データを用いる。以上2つのメカニズムによって、放射性物質が流出した直後(1-2週間)の分布が決まる。

黒潮流路と中規模渦(直径100-200Km程度)は、日付変更線あたりまでの東向き移動と南北への拡散を支配する。黒潮・親潮の流路、流速、そして中規模渦の場所、大きさ、強さについては、衛星データを主とした情報をモデルに取り入れて、流速場を再構築する必要がある。

参加している5グループともこれらの条件を満たしてモデル構築を行っている。

2.放射性元素放出など他の要素

原発周辺海域(10Km程度まで)の海水データを用いたモデル検証と逆推定法により、3-4PBqのセシウム137が放出されたと考えるのが最も妥当である。依然として検証作業を継続しているが、絶対濃度を問題にする場合は上記データを用いる。鉛直混合の強弱によって海面近くの濃度は減増するが、4月以降は30m程度の混合層(よく混合した層)とするのが妥当である。

3.モデル結果

5グループのモデルは上記の基本状態を表し、福島沖30Kmのデータをおおむね再現できているが、詳細の違いは見られる。南向き沿岸流の流速と幅は低塩分水の量に依存するので、その多寡によってモデル間の違いがある。

図1に示すように、放射性元素を流した4グループによる5つのモデルで、もっとも顕著な違いは、沿岸から黒潮・親潮域への移動する経路である。黒潮流路の位置、中規模渦の場所・大きさ・強さのわずかな違いによって、放射性元素が分岐し、時間とともに大きな分布域の違いを生む可能性を持っている。

データによる検証について、若干のコメントを出しておく。図2にあるドリフター・データによる検証については、その深度が100乃至200メートルであるので、海面流速と対応しない可能性もある。モデルの中でドリフターを追跡することにより、直接比較を行う意味はある。震災後1-2カ月の放射性元素データは、採取点が限られているので、土壌データなどから推定することが有効かもしれない。茨城沿岸にかなり高い濃度(50Bq/L程度)を持った海水が流れていた可能性がある。

4.今後の取組み

2011年以外の流速データを用いたモデルの検証。6、7月あたりまで、衛星データ、ドリフター・データなどを用いた黒潮・親潮流路と中規模渦に関する検証。

fig1a_modelcomp
fig1b_modelcomp

図1 4グループによる5つのモデル結果比較。赤破線は図2に示す黒潮流軸の位置を示す。fig2_modelcomp

図2