日本海洋学会
2013-2014年度会長 植松光夫

 東北地方太平洋沖地震のほぼ一ヶ月後、2011年4月15日に日本海洋学会で設置された「震災対応ワーキンググループ」は、2013年3月をもって、約2年間の活動の一区切りとした。2013年8月には、「東日本大震災にかかわる日本海洋学会の諸活動に関する報告書」が刊行されて、各グループの熱のこもった議論や観測の苦労などが報告され、学会ホームページでも閲覧やダウンロードが可能となった。
http://kaiyo-gakkai.jp/jos/pdf/Shinsai-WG-final%20report_20130809.pdf

「震災対応ワーキンググループ」は、幹事会メンバーを中心として、30名近い会員が委員として活動した。それに加えて多くの会員が海洋の専門家として、しかし、放射能に関しては素人でありながら、震災直後の実態調査や観測、解析、将来予測などに従事した。
その後の活動の経緯を、以下に順を追って記す。

 2011年12月、文部科学省によって、水産業の復興支援を目的として、「東北マリンサイエンス拠点形成事業」が開始された。
http://www.i-teams.jp/j/index.html

この事業によって大学や研究機関、地元企業等が協力し、被災地域の海洋生態系の調査研究や、地元の水産資源を生かした新たな産業を作り出すための技術開発に、取り組んでいる。また、東北海洋生態系調査研究船「新青丸」が建造され、東北地方沖での震災対応航海に重点を置いて、東京海洋大学の練習船「海鷹丸」や「神鷹丸」などとともに、現在も調査を続けている。

 2012年2月には復興庁も発足し、同年6月には新学術領域研究「福島原発事故により放出された放射性核種の環境動態に関する学際的研究」が採択され、5年間の研究プロジェクトが開始された。
http://www.ied.tsukuba.ac.jp/hydrogeo/isetr/index.html

このプロジェクトにおいては、学会員を中心とする50名近い研究者が、海洋環境の放射性物質の分布状況要因把握と、海洋生態系における放射性物質の移行・濃縮状況の把握という2つの課題について、取り組んでいる。同年9月には、環境省の外局として原子力規制委員会が発足した。また水産庁では現在までに、7万5千検体の水産物の放射能物質の測定を行ってきている。このように本来、政府が責任をもって行うべき放射能モニタリングや研究体制が、現在までに、ほぼ整い、機能し始めた。

 2013年3月の年度末には多くの学会員が、緊急の観測、計測、解析を、優先して取り組むという状況から、一段落し、この課題をさらに追求する、あるいは自分達の本来の研究に戻る機会となった。

 2013年5月末には、福島沖立ち入り制限海域が解除された。しかし学会としては、震災の被害の現状や将来予測について、引き続き把握し、その知見をいかに社会へ伝えるか、幹事会に震災対応委員を置いて、「科学的成果のアウトリーチ活動」を行ってきた。特に海洋の放射能汚染は我が国だけの問題ではなく、近隣諸国はもちろんのこと、環太平洋の国々へ不安をもたらすものである。にもかかわらず政府は、積極的な海洋放射能汚染についての公式見解を発表せず、海外のマスコミからの取材を、個々の学会員が受ける状況であった。学会としては積極的に国際学会やシンポジウム、会議などで震災関連セッションを持ち、日本の得られたデータの公開や、その解析を公表し、海外の専門家達との研究交流を深化させた。こういった発表や議論を経て、国際的にも我が国のデータの信頼性が高まったと確信している。

 また2013年5月には、米国マサチューセッツ州のウッズホール海洋研究所において、日本人研究者と米国の研究者による海洋放射能汚染の一般向けコロキウム「Fukushima and the Ocean」を、開催した。会場の映像がストリーミング配信され、SNS担当者が会場の様子をリアルタイムでツイッターに投稿すると同時に、一般の人たちからの質問を受け付け、会場外の聴衆も交えたパネルディスカッションにも熱がこもった。
http://www.whoi.edu/website/fukushima-symposium/morss

 2013年8月には、欧州連合議員一行が来日し、駐日欧州連合代表部(Delegation of European Union to Japan)において、海洋学会メンバーが中心となって福島原発事故による海洋放射能汚染についての現状を説明した。引き続き9月には、在京の大使館、領事館関係者が、駐日欧州連合代表部に集い、セミナーを行った。

 2014年3月には、米国ウッズホール海洋研究所ブッセラー博士を日本へ招聘した。23日間の滞在中、東京大学、福島大学、北海道大学、弘前大学、金沢大学、東北大学をまわり、学生や一般市民も対象とした6回の講演を行い、14件の研究機関、メディア、財団、NPO(特定非営利活動法人)などと、精力的に話合いを行った。さらに東京海洋大学において、日本海洋学会主催の在日大使館や外国メディア、在日外国人を対象に、英語によるコロキウムを開催した。これは大きな反響を呼び、NHKワールドの取材も受けた。また今後、福島沖での海洋観測航海について、どのように国際協力体制を築いていくかが話し合われた。ブッセラー博士は、米国の例として、太平洋沿岸に面する人々の不安を解消するために、NPOを立ち上げ、彼らの採取した海水試料中の放射性核種を、市民の寄附金によって測定するという活動を紹介した。我が国においても、一般市民との連携を深めるひとつの手法として学ぶところがあろう。
 
 2014年9月には「福島原発事故環境汚染」が東京大学出版会から刊行された。これは福島原発事故環境汚染について、海洋での問題としてだけではなく、科学者達が地球科学的な立場で総括的に得た知見や活動を、まとめたものである。現在も、学術会議学術フォーラムや、日本地球惑星科学連合の震災関連ユニオンセッションなどにおいて、海洋学会から講演者を推薦、依頼して、海洋関係の最新の情報や研究成果を提供している。

 これらの一連の海洋放射能汚染の取組の中で、2011年には学会震災対応ワーキンググループが主催したサイエンスアゴラ参加企画シンポジウムが日本科学技術振興機構(JST)の「サイエンスアゴラ賞」を受賞した。2012年には、NHKスペシャル“シリーズ原発危機”「知られざる放射能汚染~海からの緊急報告~」が放映され、番組として数多くの賞を受賞した。この番組の制作には、震災対応ワーキンググループが協力している。2014年には青山道夫福島大学環境放射能研究所教授が地球化学研究協会学術賞「三宅賞」を受賞された。学会としても石丸 隆東京海洋大学教授に2013年度日本海洋学会宇田賞を、神田穣太東京海洋大学教授に2014年日本海洋学会環境科学賞を、それぞれに授けた。このようなことも含め、試行錯誤ではあったが、学会の震災対応の活動が、一定の評価を得たといえるのではないだろうか。

 2012年1月からは「東北マリンサイエンス拠点形成事業」が始まり、2013年4月には岩手大学水産研究センターが設立。同年7月には福島大学環境放射能研究所も設けられた。現在、環境省においても福島支部設置の準備が進み、長期的な環境への調査研究が取り組まれている。日本海洋学会が今後、我が国だけではなく、国際社会とどのような連携を担っていくのか、この東北地方太平洋沖地震を機に、学会員全体の意識が変貌しつつある中で、さらに実践していく体制を確立することを期待してやまない。

(2015年7月21日)