震災対応ワーキンググループ
観測サブワーキンググループ

モニタリング提言案(Wordファイル)

はじめに

2011年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震と津波により福島第一原子力発電所(以下、原発と略記)の冷却機能が停止し、炉心溶融、水素爆発、格納容器の損傷などを引き起こし、ヨウ素-131、セシウム-137などの放射性物質が大気および海洋に放出された。現在、その放出は収まりつつあるが、海洋においてはこれまで非常に高い放射線量が観測されている。東京電力の公表データによれば、海洋への高濃度汚染水の放出は現在までに3回読み取れ(3月25-26日、3月29日-4月1日、4月3-5日)、福島第一原発南放水口付近での測定最高値は180 Bq/mlに達している(図1)。また、南放水口付近でのヨウ素-131/セシウム-137比は低下しつつあるが、半減期から予想されるよりは低下が遅く、4月末においても若干の漏出が続いていると予想される。沖合の観測結果においては、原発を中心に高濃度域が分布するが、東西よりは南北に伸長して高濃度域が広がっている(図2)。また、4月1日に北茨城の沿岸域で採集されたイカナゴ(コウナゴ)からはヨウ素-131で4080 Bq/kgという高い放射能値が報告された。

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図1 福島第一原発南放水口付近における海水中放射線量の時間変化。縦軸は(Bq/ml)、横軸は日付。東京電力の公表データより作図。

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図2 福島沖におけるセシウム-137の表面分布。スケールは Log[Bq/L]。黒点は観測点、星印は福島第一原子力発電所の位置を示す。東京電力および文部科学省公表データより作図。

現在、文部科学省主導のもと独立行政法人海洋開発機構(JAMSTEC)の船舶により沖合30kmでの観測が定期的に続けられているほか、東京電力により原発放水口、海岸、および15km圏内での観測が継続され、原発周辺でのおおよその放出と拡散の様子を知ることができる。また、4月25日以降、沿岸付近や茨城県沖での観測点が増やされている。海水や魚介類のモニタリング体制は充実しつつあり、海水の採取は、これまでの48地点から105地点へと倍増させ、魚介類も、調査対象を沿岸のものだけでなく、サバやサンマ、サケなどの回遊魚にも広げ、漁期が続く12月まで行うことが発表されている。

しかし、以下の理由により、これらのモニタリングは決して十分ではない。

1.東日本の各県および近隣国や環太平洋諸国を納得・安心させるに足る広域での観測がない。

2.汚染水は海岸にそって南下する可能性が高く、イカナゴの汚染はこれを強く支持するが、茨城、千葉北部での沿岸モニタリングが系統的に行われていない。

3.海水のみが測定対象になっており、放射性物質の海底への沈着、食物連鎖を通じた移動・濃縮を評価するための試料の測定がなされていない(4月29日より底泥の測定も行われている)。

4.迅速な測定が可能なガンマ線を出す核種に限られている。

5.安全性の確認が優先されるため、迅速測定法における検出限界以下の低レベル汚染の測定がなされていない。長期にわたる生物濃縮や蓄積を考えると不十分である。

以上のような背景から日本海洋学会は以下のような提言を行う。

観測海域

1.広域観測

事故から2カ月以上が経過し、海洋に放出された放射性物質はかなりの距離を運ばれていることが予想される。数値モデルによる予測ではいったん南下したのち北上するケースと、南下したのち黒潮続流に取り込まれるケースがある。また、モデルの予測計算結果と比較するために、JAMSTECが4月上旬に沖合30km観測点で放流したアルゴフロート(漂流型測器)の大半は、南に移動したのち黒潮続流に取り込まれ、東の海域へと急速に広がっている(図3)。 従って、汚染の全体像を把握するために、広域観測が必要不可欠である。また、日本は加害責任国として、広域での放射線核種の分布を把握し、水産資源や生態 系への影響を考慮する際の重要なデータを近隣諸国に対して提供する責務がある。このような観点から、本州東方の黒潮続流域を含むおよそ500km四方の海域で、約50km間隔のグリッド観測を行うことを強く推奨したい。図4は、その一例であるが、実際の観測点の設定においては、過去のバックグラウンド測定が行われている観測点と一致させることや、数値モデル研究の専門家からの提言を組み入れる必要がある。

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図3 4月上旬に投入されたアルゴフロートの軌跡。色はフロート投入後の経過日数を表す。矢印は海流の速さと向きを表す。JAMSTEC公開データより。

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図4 提案する沿岸観測(赤線)および広域観測点(案)。色は水深を表す。

2.沿岸観測

沿岸漁業の盛んな当該海域において海産物への放射能汚染が懸念される現状では、時空間に密で詳細な汚染情報を示すための沿岸部のモニタリングが最も重要で ある。前述のように沿岸域イカナゴから高い放射能が検出されている他、海面水温の衛星観測により低水温帯が沿岸に沿って南に延びる様子が示されており、高 レベル汚染水が沿岸に滞留・南下している可能性が高い。それにもかかわらず、当該沿岸域での海水や餌となるプランクトンの分析はほとんど行われていない。 そこで、福島県南部から茨城県、千葉県北部にかけて海岸から東に伸びる観測線を数本設け、1km間隔で観測点を配置する。また、放射性物質の海水懸濁粒子への吸着、沈降、堆積が想定され、それらは底生生物を経由して魚介類を汚染する可能性があるため、海底堆積物がたまりやすい場所があれば、観測点を追加する。

3.主要港湾におけるモニタリング

東日本の主要港湾施設において、外国船が放射能汚染を恐れて、バラスト水を積めないといった事態が散見される。これら港湾水の安全性をモニタリングと情報 開示によって保証することは、海運による流通を保障するだけでなく、食の安全とその啓発にも寄与すると考えられる。主要港湾における1週間に1度程度の計測とその情報開示をすべきである。

観測頻度および期間

現在維持されている観測ラインに関しては、2週間に1回 程度の観測が必要である。広域観測はできる限り早急に一度実施し、さらに半減期の長い核種の濃度がバックグランドレベルに戻るまで継続する必要がある。沿 岸観測は食の安全には最も重要と考えられるので、ライン(定線)観測と同様の頻度が望ましい。チェルノブイリ事故では、海水の汚染ピークからスズキで半 年、底生魚類マダラでは1年後に汚染のピークが観察されている。すなわち、食物連鎖や、底泥の汚染を通じて、時間差を持って汚染が長期化することが考えられるため、底泥やプランクトンに関してはより長期(放出終了から2年以上)のモニタリングが必要である。時間分解型セディメントトラップ(沈降粒子捕捉装置)は表層での汚染の連続モニタリングと汚染粒子の沈降過程を知る上で重要な観測であり、できる限り早い時期に、原発沖1000m水深地点およびその南北に複数投入すべきである。

観測項目

海洋大気エアロゾル、CTDO2、採水(1000mまでの基準層)、植物プランクトン(懸濁粒子)、動物プランクトン(0-200m層)、マイクロネクトン(オキアミや小型魚類など)、沈降粒子、海底堆積物、底生生物を対象とする。海水試料に関しては低濃度の測定に対応した採集および処理を行い(分析に関する提言参照)で、ヨウ素-131、セシウム-134および137以外の核種も対象とする必要がある。福島沖大陸棚は主に砂質であり採泥には適さない可能性が高いが、水深130-140m付近は比較的粒度が細く、採集可能と考えられる。

観測体制

現在の海洋におけるモニタリングは、東京電力のほか、文科省がJAMSTEC保有の調査船と研究船を用いて実施している。しかし、その観測体制は、放射能汚染の全貌を把握するには不十分であり、派遣している最新鋭船舶の観測能力を100%活 用しているとも言い難い。上述のようなモニタリング観測を実施するためには、航海や観測情報の開示を行った上で大学の練習船、各省庁、地方自治体の調査船 などを協調的に投入し、効率的な観測体制を構築する必要がある。なお、大学や独立行政法人においては、近年の運営費削減、燃油代の高騰により船舶を派遣し たくてもできない状況が垣間見られることを考慮し、全国レベルで、若干の資金を投入し、海洋国日本の名に恥じない観測・モニタリング体制を構築・推進すべ きである。縦割りにならない、観測・モニタリング体制が構築できれば、全体としては、燃料の有効活用とより効率的なモニタリングが実施できよう。

おわりに

上に述べた観測・モニタリングの実施や得られた試料の分析には、日本海洋学会員をはじめとする多くの研究者の協力が必要である。日本海洋学会は、会員の ネットワークを通じて、航海、分析機器、人材などに関わる情報を収集・公開することによって、効率的なモニタリング観測の実施に協力したい。さらに、会員 や関連機関の信託が得られるなら、航海や観測の企画調整を行う決意である。

付記
観測サブワーキンググループメンバー
津田敦(とりまとめ)
池田元美
岡英太郎
神田穣太
才野敏郎
升本順夫